futuunohitox’s diary 普通の人Xの危険な日常「突き進め!」(心)

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『ユダの福音書』?

ブッダとマーラについて書いてみたいと思いながら・・・

気付いたら、ユダの福音書についてネットサーフィン。

 

 

内容は、、、

・ユダは12人のキリストの弟子の中で、唯一キリストの真の姿を理解した。

・だから、キリストはユダにだけ、この世とあの世の真実を話した。

・その上で、キリストは、「キリストの真の姿を包む肉体を犠牲にする」という役を果たすよう、ユダに頼んだ。

だいたいこんな感じ。

 

ユダは、夢を見ます。

自分以外の11人の弟子が、ユダに石を投げ、迫害する夢。

この夢をユダから打ち明けられたキリストがユダに、

ユダの役割について話すのですが。。。

 

ユダは裏切り者となって、人々から、蔑まれる。

だが、真実は、、、

 

キリストの肉体を犠牲にすることで13人目の使徒となる。

全てのひとから蔑まれるが、彼らを支配するようになる。

 

キリストの真の姿を理解した唯一の弟子。

 

キリスト教的にはいろいろあるようですが・・・

 

良い悪いはなしにして、ある意味、幻想を破壊する、キリストの精神的な教えの意味を理解している。面白いですね。師匠ってある意味絶対。キリストは、精神的な教えを説いているけど、弟子からしたらその人間が絶対的な師匠。絶対的な尊敬。その師匠の肉体を破壊した、犠牲にした弟子が、唯一の師匠の理解者である。しかも、その他の弟子からは、石を投げらる。師匠の教えを継いだと主張する、他の弟子の後継者達からも、迫害され、「裏切り者」として虐げられる存在になる。幻想を破壊してしまう。

 

まあ、でも。こんな考え方確かに、ちょっと危険ですよね。

なんていうか。コワいと言えばコワい。

都合良く曲解すると、危険思想になりそうだし。

 

でも・・・・

ユダの福音書』のキリストとユダの会話読んでると、

面白いですよ。

キリストって実際こんな感じのひとだったら面白いなと。

 

いくつか前の記事で、キリスト教って、なんか単細胞っぽいって思っちゃってた、、、みたいなこと書きましたけど。

ユダの福音書』読んでると、スゴく深みがあって、シニカルなところもあって。

だって、祈りを捧げる弟子たちを笑うところから始まるんですよ。

弟子達は、なぜ、笑うんです、と怒るんですが・・・

キリストは、笑うんですよね。

 

ただ、キリストがユダに真理を授ける部分の話は、

ちょっと、オカルトっぽいというか。

この辺は、正直よくわかりません。

キリストって宗教じゃなくて、心の教えを説いてるんだっていう話聞きます。

たしかに、そうなんだな〜と思う一方。

それでも、「神」や「予言者」という存在を前提に話をしている以上は、

「ただ単に、人としての心の教えを説いている」とは言えませんよね。

まあ、それ以上に、『ユダの福音書』では、旧約聖書とも違った天地創造の話が、されているようで・・・

この辺りは良く分からない。

 

でも、ザックリいうと・・・・

この地上を作り出したのは、劣った神である。

至上の神ではない・・・。

みたいな。普通の聖書の世界観ひっくり返しちゃう。。。

そんな感じだそうです。。。

 

全然、話がまとまらんな。

 

ユダの福音書』を紹介したブログを読んでます。

いろんな見解があるようですね。

グノーシス主義というキリスト教の異端思想に近いそうで。

そもそも、グノーシス主義の方々が書いたんだ・・・という見解があるよう。

そのあたりわかりませんね。ただ、キリスト教に詳しくない私からするとこの『ユダの福音書』の方が内容的には、宗教としてはまともではないか?と思ってしまう。

理由は、肉体の犠牲、殉教に価値をおくようなキリスト教の考え方とは、違った価値観を示している、という見方があるよう。