futuunohitox’s diary 普通の人Xの危険な日常「突き進め!」(心)

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『ユダの福音書』を拾い読みして。本当に気になるのはユダが救われるストーリー。

ユダの福音書』の作者はわかっていません。

ただ、多くの学者の共通する意見は「グノーシス主義の教えに通じている」ということ。さらに、「グノーシス主義者が偽造したものだ」という見解もあります。というか、これが主流なのかもしれません。

 

そもそもこの『ユダの福音書』が見つかる前から「ユダの裏切り」と「それに対するキリスト」は、大きな議論の種だったようです。

キリストを裏切ろうとするユダに対し「なすべきことを今すぐしなさい」と言うんですよ。つまり正当派の聖書のなかのキリストも「ユダが裏切ることをあらかじめわかっていた」ということ。

「わかってるのに、なんで逃げないの!?」とか。ユダって、裏切り者だけど、案外、役割的には重要なの!?とか。もともと、正当派キリスト教のなかでも「ユダとその裏切り」を、一連のキリストの運命のなかでどう位置づけるのか、難しいテーマだったんですね。

 

色々思うところはありますが・・・

ユダの福音書』を素直に読んでみて思うのは・・

①なぜ、キリストの唯一の理解者ユダが世界中の憎しみ、蔑みを浴びて「裏切り者」の烙印を押される必要があるのか。

②キリストはこんな手の混んだことをして、そもそも何がしたいのか。

③『ユダの福音書』を素直に読むと、正当派ってなんなのか。

 

だいたいこの3つですよ。

つまり①ユダの立場、役割②キリストの意図③ユダ以外の弟子の意味。

 

ユダの特徴は、正当派から完全に弾圧される。ほぼ100%ネガティブな意味付けをされていることですよね。正当派というのは、ユダ以外のキリストの弟子な訳ですが。

 

これって物凄い考え方ですよね。常識がひっくり返ってしまう。

そもそも、世の中的に「これが正しい」とされているのは、正当派。

その正しさの根拠はイエス・キリスト

 

ユダ以外の正当派は、イエス・キリストの正しい教えを世界中に広め、時代を超えて伝えるのだ!という情熱でやってきている。信仰の情熱にも、キリストの教えの正しさを広めるというのと、キリスト教正当派以外の間違った教えを、極端な言い方をすれば”弾圧”してまでも、教えを広める。もちろん、現代の社会で異教の”弾圧”は許されませんけど。

 

この正当派が、キリストの人生に現れる人物のうち、最も忌み嫌うのが「ユダ」。なのに・・・『ユダの福音書』では「ユダが唯一キリストを理解した弟子」になってる。しかもキリストはユダに「お前は、世の真実を知れば嘆き悲しむ」「あらゆる無理解者から蔑まれる」そして「彼らを支配するようになる」「最後は、ユダが永遠の王国に住むことになり、無理解者はお前を蔑み、憎む」と、大体こんなことまで言っています。

 

さらに・・・正確な表現は忘れましたが「芽のでない岩に種を植える者達がいる」とも言っています。これは、真理の教えがないところに、宗教を打ち立てている・・・という意味だと思うんでが、、、素直に読めば、正当派のことですよね。違うのかな。

 

結局、ユダってあまりにも、可哀想というか。汚れ役。

キリストを理解しない者達はいつまでも、反省するわけでも、ユダを受け入れるわけでもなさそう。。。。

キリストは、その辺りあんまりユダをフォローしてない。。。例えば「色々嫌な事あるけど、最後はハッピーエンドだぜ!」みたいなのがないんですよ。確かに、霊的には報われるかもしれないけど・・・でもこの世的には、最後迄「憎まれ役」。

 

ユダの福音書』のこの世観ってスゴく暗いのかなと。最後は明るくハッピーエンド!みたいな単純な明るさがあんまりない。

 

冷静に読むと、ちょっと、コワいですよ。

「私の真の姿を包む肉体を犠牲にすることによって、お前は、最上位の弟子となる」

ユダが最愛のキリストの肉体を犠牲にして、キリストの真の姿を表現を完成させる重要な役割を果たす。でも、この世的には、徹底的な汚れ役となる。

 

ユダについて考えたい。

理解されない。正しいことをしたのに「生まれてこない方が良かったもの」にされる。真理を体現するキリストに汚れ役を頼まれる。しかもその汚れ役が、真理の表現に必要不可欠とされている。苦しみしかないですよね。

 

嫉妬

ユダの福音書』では、他の11人の弟子とユダとキリストが食事をして話をするシーンとかもあります。

キリストは祈りを捧げる弟子を笑う。弟子達はこれに怒るのです。「なぜ、祈りを捧げる私達を笑うのですか」とか。

コレに対してキリストは、「お前達が祈っているのは、旧約の神」「私の真の姿を理解しているのか」とか色々いうんですが。。。

最終的にユダを「唯一私を理解するもの」として、ユダだけ別の場所に連れていって、真理を授けるのです。

こんなとこ見せられたら、他の11人の弟子達は「なんでだよー!」「よくわかんねーよ!」となりながらユダに激しく嫉妬するのではないか。

なんかね。最近嫉妬のテーマの心理系の本読んでたこともあって。。。

ユダの呪われたような運命が、キリストを尊敬しながらも、理解できなかった弟子達の、強烈な嫉妬の呪いなのではないか・・・。

なんておもちゃった。

 

ユダってどうなったの・・・。

キリストにいろいろと言われてるけど、ユダは自殺するんですよね。自殺しちゃったら、、、『ユダの福音書』的にはどうなっちゃったと理解したらいいのか。

 

キリスト復活しますよね・・・・。

これは『ユダの福音書』には、書かれてないとこですが。。。

なんだかんだと言っておきながら、キリストは、ユダのことを忘れたように、11人の弟子の前に復活しますよね。それを見て、弟子達は情熱的にキリスト教の布教活動をはじめるわけですが、、、コレを見越してのキリストの復活だとしたら、、、正当派にも意味があるってことなのか?復活したキリスト全然、ユダをフォローしてないですよね。「あいつに裏切るよう頼んだのは、実は私なんだ。今は、ホラ、天国で仲良くしてるよ」みたいな。。。

そんなの一切なし。ユダを黙殺。不自然すぎですよね。「どうせ11人の弟子にいったところで理解できない」みたいなことなのか。そもそも、キリストを理解していない弟子に、宗教的情熱を焚き付けて、熱烈に布教させる意味ってなに。

それとも、『ユダの福音書』的にはキリストの復活自体が、ホラなのか。でも、復活って確か、古代からの予言にもあるから、これは成就しないと、ユダの役割自体がはたされないですよね。。。

やっぱ宗教って難しいな。。。

 

私が『ユダの福音書』に注目した理由は、、、

究極の蔑まれる恐怖、トラウマ、運命。正しい事をしたと思っているのに、世界中から全否定される、抹殺される運命をたどったユダが、どうやって回復するのか。。

そんなストーリーを頭の中で描いてしまったからかもしれない。